ドラえもん

ドラえもん・のび太の蒸気時間車、ですか

さてみなさん、いよいよ来春に映画ドラえもん『のび太の蒸気時間車』が公開される運びとなりました。
当作の冒険の舞台は産業革命只中のイギリス。霧と蒸気が漂う都市と疾走する汽車を交えて冒険に幻想性を添えられることでしょう。はたしてドラえもんたちに待ち受けるものは何なのか。それも来たる春に向けて期待を持ちたい。

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ドラえもんにおけるコロコロ伝説<本当は怖いドラえもん>

さて今回は、今や小学館月刊誌の主力たる『コロコロコミック』とのかかわりをお送りする運びです。
今より時をさかのぼり70年代半ば、当時小学館の子供向け雑誌としていわゆる学習雑誌が主力だった中、まずテレビアニメ作品のコミカライズを中心とした『てれびくん』と同じく純粋な子供向け漫画雑誌として世に送り出されたのが『コロコロコミック』だった。
そのコロコロコミックは、はじめドラえもんが掲載された学習雑誌にて親しんだ子供たちのために当初はドラえもんを中心として世に送り出された。
もちろん他の掲載作品にても、基本的に小学生を中心としたラインナップながらもジャンプやマガジンなどの主力少年誌を意識しての作品陣もちらほらと掲載されつつも『ゲームセンターあらし』『ドッジ弾平』『でんじゃらすじーさん』などの人気作品も世に出たことも記していきたい。
そんなコロコロもコミック展開の他にもプラモデルやホビーカー、まずプラモ関連は提携する作品が他誌や他作品との競合で少し振るわなかった感もあるもののホビーカー関連は『ダッシュ四駆郎』等のヒットを受けて盛り上がった感もある。そして80年代のファミコンをはじめとするテレビゲーム関連、これは先述のあらしのノリを引き継いだ『ファミコンロッキー』をはじめとしたゲームマンガの後押しもあったもので、それらの後押しで一連のホビー関連の作品や特集を掲載し、コロコロの人気を支えてきた。
さておきドラえもんもレギュラーの連載作品をはじめとして『のび太の恐竜』をはじめとしたいわゆる大長編ドラえもんを例年の行事的な連載として専門的に掲載されたことも記したい。
そんなドラえもんも90年代前半まで作者の藤子F先生がお元気なころから、その後のF先生の意志を受け継いだプロダクションの大長編を中心としたコミック展開でドラえもんの掲載を続けていった。中でもドラえもんと同じく世界中で活躍したネコ型ロボットが、ドラえもんとともに大活躍する『ザ・ドラえもんズ』や、同じくネコ型ロボットたちが野球で大活躍する、むぎわらしんたろう先生が野球好きなのに端を発して刊行した『ドラベース』の連載も記憶に新しい。こうしてコロコロの歴代人気作品とともにドラえもんも続けられる、はずだった。
ところがスタッフやキャストを一新した、いわゆる「わさドラ」の放映が開始されたのを機にしたのかはともかく、ドラえもんズの連載が原作のF先生におもんばかってか終了してしまったのを機に、現在のプロダクションオリジナルのドラえもんのエピソードが刊行されなくなり、専ら原作のアーカイブ化して掲載も縮小されてしまった。そして26年4月発売号にてドラえもんの掲載も終了してしまったのだ。
しかし長年コロコロをはじめとして、良き悪きの意味でも小学館に貢献したドラえもんの歴史をこのまま委縮してしまうのはやはり一人のファンとして忍びない。まずはアニメスタッフがオリジナルのお話にも力を入れていると同じように、何回か一度はプロダクションのオリジナルコミックを制作して刊行してほしいし、大長編の連載も続けてほしい。もちろんドラえもんズなどのスピンオフも再び出してほしいなど、何らかの形でコロコロに関わってほしいと述べつつ、今回はシメとしたい。

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新・のび太とワルいやつら(その2)<本当は怖いドラえもん>

この記事は前回の記事の続き的な位置づけとしてご覧ください。

さてドラえもんにおける初期のお話、これは藤子不二雄大全集を購読された方はご存じだろうと思うけれど、のび太くんの町へ主にとなり町やらの近所からジャイアンですら敵わない腕っぷしの子供やら中学生以上のガラの悪いお兄さんやらが暴れまわるといったシチュエーションがある。それをドラえもんのひみつ道具でなんとか追い払おうとするのが主な流れだろう。それについて述べるに、当時の他の漫画雑誌にての学園漫画あたりで、腕っぷしだけで世の中を渡り合おうとする主人公が、学園を取り仕切るつわものと闘い、勝って学園の顔役になり、時にはかつて戦ったライバルと仲間になり、さらなる強敵とも立ち向かうといった流れを作者の藤子F先生がドラえもんのお話の中で組み込んだものだろう。それがしばらくして鳴りを潜めたものの、中後期にての『ドラえもんに休日を』にて隣町に迷い込んだのび太くんがそこのガキ大将に絡まれたところ、駆け付けたジャイアンたちが助けに回ったお話が描かれて再現と相成ったことで。

続いて町中で泥棒やら強盗やらの犯罪者も時折家々に押しかけて盗みを働くというシチュエーションも初中期に見受けられた。これもまた当時の、今でもそう変わりはないかもしれないけれど治安が悪いことを描いたと受け止める一方、やはり赤塚不二夫先生をはじめとしたやはり当時のギャグ漫画の影響もあるかもしれない。こういったシチュエーションも諸事情で抑えられるも、後の大長編にてその手の悪者が暴れ回る事態に相成ったけれど。これもまた次に譲りたい。

繰り返しながらもドラえもんにおいて一つのターニングポイントと成り得たのが、テレビアニメ化とそれに引き続いての大長編ドラえもん、すなわち劇場版のドラえもんのお話である。
そこでは日常の問題から放れ、多少のしがらみはあれ少しふしぎな世界への大冒険が繰り広げられる。一方でその冒険の途上にも立ちはだかる悪いやつの存在も忘れられない要素でもある。その悪者との決戦を繰り広げられることが、一部の例外もあれ映画ドラえもんの魅力となっていた。
そういえばF先生の最晩年の作品でもある『ねじ巻き都市冒険記』にての悪役が、いわゆる町中の悪者であったことも、先生の集大成であることも影響を及ぼしたかもしれない。

そんなこんなでドラえもん、ことにのび太くんと一連のワルいやつらとのかかわりを描いたのだけど、中高期に差し掛かって本編での悪者の登場は抑えられ、その弊害としてのび太くん自体がそれらの役目を押し付けられた感さえあるのをここに記しておきたい。
それについては過去の記事『のび太は悪い子』等の記事をご覧下さい。

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ドラえもんとゆかいな仲間たち番外編:A版ドラミちゃん・喪黒福次郎の仕事

かつて藤子不二雄A先生こと安孫子素雄先生の代表作でもある『笑ゥせぇるすまん』について述べたけれど、今回はそのスピンオフ的作品たる『喪黒福次郎の仕事』について語りたい。
そもそも笑ゥせぇるすまん、喪黒福造は人の欲望をかきたてつつ結果的に破滅に追い込むという裏の稼業を生業とするのに対し、今回取り上げる福次郎は実際困っている人を助ける、これもまた裏稼業ながらも兄とは真反対の能力を持っている。これはいうなればどこか頼りないドラえもんに比べればしっかり者のドラミちゃんに連なる、いわばA版のドラミちゃんともいえる。
詳しい内容としては、先に述べた「本当に困った人たち」のもとを訪れ、いろいろな手を差し伸べて問題を解決させる。これだけなら兄喪黒とは真逆だといえるけれど。やはり福次郎の人選も、ただ世の中に不平不満を抱えている人とは違い、社会で「本当に」困窮をしている人たちをピックアップし手助けるという、その反面いい加減な対応をする人には厳しい反応を示すという。これもまたドラミちゃんにも連なっているなと思えるけれど。思えば兄とはほぼ真逆の属性の人物であるといえ、それが役割的の違いとも受け止められるだろう。
もともとが『魔太郎がくる』などの怪奇路線を主力に作品を作ったA先生だったが、たまには明るいイメージの作品を作ろうと企画し、兄喪黒とは正反対のキャラクターが創られて、兄とは正反対の弟福次郎が出来上がり、様々な事情から短期間の連載で終わったとはいえ、もともとの読者、ひいてはF先生ファンにもA版のドラミちゃんと認識されたかもしれない。

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あらためてドラミちゃんについて<本当は怖いドラえもん>

さて本記事のドラえもんにおいてたびたびドラミちゃんのことを挙げたけれど、やはりメインで挙げていたとは言い難く。この場を借りてあらためてドラミちゃんについて述べたいと思います。
そもそもドラミちゃんについて語る前に、一人のキャラクターについても述べたいと。それは最初期に何かとのび太くんを助けようとしてどこか頼りなく時折ハメを外しがちのドラえもんのサポート役として未来の世界から派遣された“ガチャ子”というガチョウ型ロボットがいた。いろいろとドラえもんと張り合いつつのび太くんを助けようとするも、しばしば彼女自身が羽目を外しがちになった。
そのガチャ子のビジュアルもいわゆる可愛い系のキャラではなく、どこかふざけた感もある造形ともいえる。これは当時のギャグ漫画の風潮にも合わせてのことでそのインパクトで勝負しようといったところだが。
ともかくもそのうち「女の子のドラえもんも出してほしい」といった読者の要望で、読者のアイデアを用いて、女の子ネコ型ロボットのドラミちゃんが誕生したのだ。それに伴いガチャ子もみるみる忘れられていったいきさつがあったのだ。
そのドラミちゃん、当初はドラえもんと違うストーリー設定で、ことにキャラクター関連はのび太くんは“のび太郎”といったのび太くんの親戚を主人公として登場させ、それぞれしずかちゃん、ジャイアン、そしてスネ夫に関連するキャラも脇を固めて独自のストーリー展開となった。
後にてんとう虫コミックスの刊行に伴い、ドラえもんのストーリーと統合することとなり、もともとがドラミちゃんのエピソード『海底ハイキング』や『ネッシーが来た』などのお話が記載された。それに伴ってのび太郎がのび太くんそのものに、あとしずかちゃんとジャイアンもそれぞれ変更したが、なぜかスネ夫は“スル木”のキャラそのままだといった事態に陥ったのだ、それでもアニメ版ではスネ夫がのび太くんと張り合って登場したけれど。
それがやがてドラえもんのサポートなどを担う役目を負っての登場が専らとなり、少し頑固でお節介なところもあれしっかりとした人となりでそれなりに二人を手助けもした。こういった部分でも当初の目的を果たしたともいえるのだが。

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新・のび太とワルいやつら(その1)<本当は怖いドラえもん>

はじめに:今回の記事は、かつての『のび太のくせに≒子供のくせに』と『悪い大人たちをこらしめろ』の記事とあと一本を、今までが殴り書きとナンクセレベルなのをできるだけ読みやすく書き直したものです。それでは、ごゆっくり。

ドラえもんのお話の中で、日常降りかかる問題の中で、大人たちに何かと責められる場合がある。まずはママや時にはパパも、それから学校の先生の場合があるけれど。これは別の記事に譲ることとして、肝心はその他の大人の場合である。たとえばのび太くんが具体的な要求をする場合があるが、大抵の場合拒否されるのがほとんどである。それはひとえに「のび太だから」といえるだろうが、言い換えるなら「子供だから」ともいえる。もっとものび太くんの場合は個人的事情もあることだろうけれど。そもそも作者の藤子F先生の子供時代の昭和20年代、つまりは戦後間もない頃、まさにモノがない時代だった。そしてその一世代後の昭和4、50年代、子供のおねだりもよほどのことがない限り、ただのわがままとしてつっぱねられるのが関の山である。それが90年代頃からモノが豊かになり、ほしいものは容易に手に入るようになると、ある程度は要求も通るようになったのだが。
それもさておきそんな悪い大人が絡んだお話についてまずはこのストーリーをば、

『大人を叱る腕章』
最近マナーの悪い大人が増え、注意しようにも生意気だと怒鳴り返される。そこで大人を叱る腕章を出してもらい、大人たちを注意して回っていく。しかしいつものように調子に乗っていくうちに今度はジャイアンの乱暴に歯止めがかからなくなったそうな。
これはいわゆるマインドコントロールを絡めた道具の一種を絡めたお話だろうが、最後にはやはりジャイアンが絡んで話の腰が折れた、言ってしまえばケチが付いたといったっところか。ともかくこの話で言いたいことは大人がしっかりしないと子供もまたダメになってしまう、ということで。
またこれは言い過ぎかもしれないが、最近のいわゆるモンスターペアレントと呼ばれる一部の大人たち、彼らの子供だった時分の厳しすぎる(と認識した)親や教師たちに対する反動とも受け止められる。やはりこれも社会の歪みだろう。
編者も容易には断言しかねるのだが、結局のところその責任はまずは本人たちに帰すけれど、当時の大人たちもここはやはり責任はあるだろう。しかしながら特に2、30代の親御さんには自分たちの子供のころを思い起こし、子供たちにも時には我慢を覚えさせることも大切だとは思うのだが。要は子供たちにいかにバランスをもって教え育てるか、それを大人たちも真剣に考えなければいけない。
ともあれこのお話は後期のお話ということで、次は本当の意味で悪い大人たちをこらしめるお話も紹介したい。以下のお話における悪い大人の理不尽な振る舞いに立ち向かい、それらを退けて解決する、いわゆる勧善懲悪が絡んだ初中期あたりでは描かれたものだった。その代表的なお話をば、

『ドロドロン』
ある日、のび太くんたちが野球をしていたところ、どこかの漫画で載ったようなおじさんにボールを取られ、ジャイアンたちにそのボールを取り返すように強要される。
そこでドラえもんにドロドロンという薬で身体を液体状にしてそのおじさんからボールを取り返すのだった。

『コーモンじょう』
どこからともなく現れた浮浪者のおじさんに小づかいを巻き上げられるようになったのび太くんたち。そこでドラえもんはおじさんをこらしめるべく“コーモンじょう”なる薬を出した。これは『水戸黄門』にちなんで名乗れば相手がひれ伏すものであった。のび太くんはそれでこらしめて追い払おうとしたのだが。最後は根本的な解決には至らずにシメてしまった。それでも旧アニメ版にてフォローがついたものだったけれど。

『けんかセット』
ある日通りすがりの大人たちに乱暴を働かれたのをはじめ、何かと周りからいじめられ続けるのび太くん。そこでドラえもんも“けんかセット”を出して仕返しをしようとするも、まず初めの大人たちの車をのけようとして、遠くへと吹っ飛ばしてしまい。結局やりすぎて結局仕返しもままならなくなってしまったそうな。
これは初期のお話ということでのドタバタ劇で最後は収まったけれど。

『世界平和安全協会』
その日ものび太くんら子供たちから“世界平和安全協会”なる名目で小遣いを巻き上げる大人たちの集まりがあった。そこでドラえもんから“安全カバー”なる道具でその大人たちの横暴に対して、やがて撃退したそうな。

以上のこともあり、こういう悪い大人たちをこらしめることは、ある意味当時体制側にあった大人たちに対し、それに従属する子どもたちの反発の裏返しとも受け止められるのではないか。あとそれらのお話は現在の情勢ではやはり諸事情から新アニメ版での掲載は難しいかもしれず、次第に大長編からの劇場版に話が絡めた事情もあったかもしれない。それらの事情とその影響については次回の記事で述べたい。

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物語におけるドラえもんの歴史:初代アニメについて

現在ドラえもんはコミックはともかくアニメにては多大なる人気を博しているのかこの際述べるまでもない。その起源はいわゆる大山ドラと謳われる旧作アニメ、と思いきや実はそれ以前に日本テレビ系にてアニメが半年ほど放映されたことは知る人ぞ知ることだろう。今回はそのいわゆる初代アニメについて軽めながらも述べることにする。
そもそもドラえもんの連載より、それに先立つオバQやパーマンなどのアニメ化に引き続いてのアニメ放映が立ち上がるも、内容は実際原作のストーリーに準じながらもキャラクター関係がいささかのずれが生じ、製作スタッフ間のトラブルも重なり短期間の放映と相成った。その後のブランクを経て現在のシンエイ動画制作のアニメが現在まで続き、初代アニメは半ば忘れられた。その内容云々を述べるのはここまでで、原作コミックを中心にした周囲の環境について語りたい。

まず今でこそ藤子F不二雄の代表作として語られるドラえもんそのものだけど、70年代初頭はやはりオバQの人気もありそれが代表作といえ、ドラえもんそのものはどちらかというと、当時数ある子供向けマンガの一本という位置付けなこともあり、スタッフからしても短期放映の形で制作されたことだろう。
もう一つ当時原作のキャラクター性も一部は連載初期ということもありまだ固まらなかった感もあってそれに輪をかけて初代アニメのキャラクター性も羽目を外した感さえある。たとえばアヒル型ロボットのガチャ子やら、しずかちゃんの知り合いでもあるボタ子、彼女については『ああ、好き好き好き』の巻にて出演していたけれど。ともかくその他各キャラの家族構成をはじめとしたキャラ設定も原作ともかけ離れた感さえあった。その後で現在のアニメ放映よりドラえもんが代表作と成り得たいきさつから、キャラクター性もいい悪いの意味で確立されたのだが。
そうこうとした事情から、初代アニメそのものはいつしか忘れられたいきさつがある。とはいえこの初代の放映についてもある意味ドラえもんそのものの歴史として熱心なファンをはじめ、ドラえもんにかかわった人たちにとっても記憶に残すべき事柄だろう。

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ウソも方便<本当は怖いドラえもん>

さて今回はウソにまつわるドラえもんのお話を中心にお送りいたします。
一概にウソをつくのは「ウソつきはドロボウのはじまり」という文句で表わされるように悪いことであることは常識的に間違いはない。
ただ我らがのび太くんの場合は自身のダメに輪をかけて「ウソをつきやすい」性格も付け加えられたことも挙げたい。これはいつも学校でもっぱら0点を取り続けたりするなどの不手際を帰り際ママにとがめられることを避けるために出まかせのウソをついてすぐにばれてさらに叱られ、挙句にのび太くん自身の言うことを信じられなくなったという事態にまで陥ったとか。
それはさておき、ウソにまつわるお話については、基本的にウソをついて言いくるめ、それについての問題の解決やあるいはウソがばれてのズッコケなどがオチ、つまりは教訓とギャグを絡めたお話となっている。まず後者については先述の記事について『真実の旗印』やら『腹話ロボット』のお話がある。これらは先の『マインドコントロールの恐怖』の記事にてお送りした。これもさておき今回は前者における「問題の解決」について重点を置きたい。まずはこのお話を。

『ウソツ機』
この日は4月1日ということで、のび太くんはまずジャイアンを騙そうとしたがかえって騙されるなど、本来人に騙されやすいのび太くんはドラえもんに頼まれて“ウソツ機”なる道具を渡され、いろいろと言いくるめていったそうな。

『ソノウソホント』
その日ジャイアンの父ちゃんのことを自慢したことに、のび太くんのパパも「岩を砕くほど強い」と返す。そこでドラえもんに“ソノウソホント”なる道具を渡され、言ったことが本当になり、パパを振り回しつつ皆に自慢したそうな。

と、以上2本を駆け足ながら述べて、外見どちらも口に付ける小鳥のクチバシ状の同じ形状の道具なので紛らわしく見えるけれど。どれもウソをついてひとまず問題を解決したことにもなったのだ。もっとも『ウソツ機』については後述の『腹話ロボット』にお話が連なったことも挙げたいけれど。
あと『帰ってきたドラえもん』の巻において、ひとまず未来の国に帰ったドラえもんが置き土産として“ウソ800”なる薬を思い出し、先に「ドラえもんが帰ってくる」とウソの意地悪をしたジャイアンとスネ夫に仕返しをした後で、はずみにドラえもんを現代に戻す結果となった。
まあこのように、ついたウソがかえって災難を呼び起こす結果になるか、降りかかった問題を解決する結果になるか、これも状況によるけれどやはりお話の成り行き次第ということといえるだろうけれど。

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のび太のお天気大作戦・番外編:山はしろがね~ドラえもんのスキー談義(本当は怖いドラえもん)

さて今回は先の雪のお話に連なるだろう、スキーに関するお話について述べたい。まずはこのお話から。

『大雪山がやってきた(てんとう虫コミックス19巻)』(一部抜粋)
ある日スネ夫のスキー旅行をうらやましがったのび太くん。そこでドラえもんに“空間入れかえ機”で雪山に入れかえてスキーの練習をしようとするも、なかなかに練習をしないのび太くんにドラえもんも無理やり練習をさせようとするが。
このお話もドラえもんのスキーに絡めたお話で、作者藤子F先生のスキーに対する憧憬はこれも先に述べたところ、さておきスキーに関してドラえもんはともかくのび太くんもスキーを滑らんとするも結局うまく滑れずに転んで転がって雪玉になったといったシチュエーションにオチた。これはまず初期の『勉強べやの大なだれ』の巻のオマージュともいえる。
そもそもの前提が練習のレベルから間違っているといえるけど、その前提でのび太くんを鍛えんとするのが一つのギャグになっていることは間違いない。
結局うまく滑り切れないのび太くんの悪戦苦闘と、その傍らで雪山で遭難したスネ夫一家の悪戦苦闘に転んでお話がシメたそうな、といったところ。

続いてのお話もスキーを楽しもうとするもスラップスティックに転んだお話をお送りしたい。
『雪がなくてもスキーはできる(てんとう虫コミックス21巻)』
今年もスキーができなかったと嘆くのび太くん。そこでドラえもんは“いつでもスキー帽”をだす。これは目盛りによって雪が積もったように宙に浮かせ、それでスキーを楽しめるといった道具である。
それでしずかちゃんを誘ってしばらくスキーを楽しみ、やがてはもう少し目盛りを上げて、一面雪景色の街中を楽しんだ。
ところがそれを面白く思わないジャイアンとスネ夫がドラえもんをだましてからせしめた道具で帽子を取り上げ、自分たちで雪景色を楽しんだ。後に帰ろうとするも、道具でかなり高く設定したので、このまま雪を消したら真っ逆さまなので戻れないのを途方に暮れてしまったそうな。
といったところで後半の街中の大雪を楽しんでからのドタバタ劇に転んだシチュエーションは、後に『昼寝は天国で』の巻にも連なるこのお話は、まずジャイアンたちのウソにこうもたやすくだまされるのかというのも、これもまたお約束のギャグになったことは述べたいところだけど。終わりの雪を消すいきさつについては、取り上げてから使ったからか「帽子の目盛りを下げて降りる」といったことに頭が回らなかったといったオチも今となっては味というべきか。

というわけで悪戦苦闘のお話ばかりで何なので、少しきれいなお話も。
『はこ庭スキー場(てんとう虫コミックス6巻)』
この冬もスキーに行けなかったことを嘆くしずかちゃんに、のび太くんはドラえもんに頼んでスキーに誘おうとする。そこでドラえもんは家の裏庭にミニチュアのスキー場を作って、密かにしずかちゃんを招待する。その箱にわスキー場にて二人はしばらくスキーを楽しんだが、雪降らせ機の暴走で吹雪が発生させられてしばらく遭難しかけるも助かって、結果しずかちゃんはこの冬のスキーを楽しむことができたそうな。
といったお話でのび太くんもいいところを見せられたが、結局どのお話もうまく滑れず転がって雪玉になったオチに行き着いた。やはり地道な練習を繰り返せばいいけれど、やはりダメが絡んでのケチが付いたこともまた事実。
といったところでスキーに絡むお話についてはこんなところで。

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世の中いじめっ子だらけ:スタッフよ、お前もか(中編)

さて今回は前回の記事の続きとして、新旧のアニメシリーズを通じての悪い意味でのアレンジを述べたいと思います。まずはこのお話から。

『手作りミサイル大作戦』
まず原作にてはある日コショウミサイルでジャイアンを狙うも、標準がずれて失敗する。逃げ帰ったときにミサイルの設計図を奪われ、それでいろいろ脅迫されるが、後にドラえもんの機転でミサイルを誘導して解決したのだけど初期のアニメ版では標準がずれて失敗してからすぐに返り討ちにあったそうな。といったところでこれは7分パートならではの尺の少なさが主な理由にあったのだろうけれど。

『ユーレイ暮らしはやめられない(ウラメシドロップ)』
原作にてはユーレイになって夜中ジャイアンに仕返しをして、次の日気をよくしていろいろイタズラをしてから同じくユーレイになったジャイアンたちに仕返しをされる。ところが旧作アニメ版では後半のイタズラのところをカットされ次の日そのまま仕返しをされたのだ。これはストーリー構成に問題があったかもしれない。いずれも同じようなオチだろうけれど。あと最近のアニメ版では前者のオチもちゃんと描かれたけれど。

『アワビとり潜水艦出航』
原作ではいつものように仲間はずれにされて旅行に行けないのび太くんだったが、せめてラジコン潜水艦でサザエやアワビを漁る。ところがそれをスネ夫に奪われるもスネ夫の海パンごと奪い返したけれど。やはり旧作のアニメではアワビ奪い返したまではいいが、家路に帰還した途中網が破れて海パンしか漁れなかったのだ。これも純粋にズッコケオチでシメようとしたと思うけれど、こうなれば当時のスタッフの意地悪とも受け止められる。しかしこれも近作にて元通りのオチに落ち着いたけど。

あと同じエピソードでも旧々版と旧版とでもある程度の改定も行っていたこともあげたい。
『らくがきじゅう』
ある日ジャイアンたちのラクガキの罪をなすりつけられたことで仕返しをしようと、ドラえもんから“らくがきじゅう”を出してもらいいろいろとイタズラの仕返しをしようとしたが、ここは特にオチの方を述べたい。これも先に述べるに近作では原作準拠のお話となったけど。さておき
まず7分アニメ版ではジャイアンに先のおじさんの壁で仕返しをしてから、おじさんにも顔にラクガキをして仕返したけど、その後の12分版では、ジャイアンに仕返しをしたまではよかったが、かえっておじさんも「結構いい絵だな」とホメたりもし、やがてはジャイアンに仕返しのイタズラもバレてしまったそうな。
まず前者ではおじさんの責任を問うという形では、それなりに胸のすくお話だったとは思うけれど、後者ではのび太くんの“非”を求め、結局自虐的なズッコケオチにもなってしまったということで。

そして今回挙げたいのが新作アニメ版のこのお話について述べたい。
『苦手づくり機』
その日のび太くんの苦手なものをいろいろと見せて怯えさせて遊ぶのに対し、ドラえもんに“苦手つくり機”を出してもらい、それに書かれた人とモノが苦手なものと認識させ、それでジャイアンとスネ夫に仕返しをしたのだが、それで気を良くしたのび太くん、ドラえもんがのび太くんに昼寝を組み合わせるも、昼寝中ののび太くんはそのまま仰天して気を失ってしまったそうな。
ここまでは最後ズッコケオチとなったお話なのだが、問題なのはその原作に以下のエピソードを追加されたのだ。
道具で仕返しをしたのび太くん、しずかちゃんのケーキに誘われるも、スネ夫たちに悪用され、しずかちゃんが苦手とさせられて怯えたところをしずかちゃんたちに非難される。そのたくらみに憤ったのび太くん、二人に自分自身を苦手として仕返しをしようとするも、かいたのが「のび犬」と間違ったので、そのまま返り討ちになってしまったそうな。
というわけで結局は返り討ちで「泣きっ面にハチ」の形となった。その意図がどうであれ、これも当時のスタッフの悪意を感じずにはいられない。

以上のようにこれらも当時ズッコケオチもギャグの形として認識されていたのだけど。そういうのもしょっちゅう続けばナンクセとなってかえって見苦しいし、ある意味尻切れトンボということでかえってつまらない想いもするのも無理はないけれどどうだろうか。

ともあれ前。中編の記事はこんなところで、あと後編の記事は旧記事を少し手直ししてからお送りしましょう。

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