ドラえもん

ジャイアン、のび太のうた自慢<本当は怖いドラえもん>

今回はジャイアンの趣味の一つである、みんなを空地に集めリサイタルを開いて歌を聴かせるというものである。そのくだりのお話を何度かご存じの方もおられるだろうが、ジャイアンの歌声はひどい音痴で、ことに聴かされる身になればある程度の苦痛だという。しかし来なければどんなひどい目に合うか分からず、対するジャイアンも調子に乗って衣装に凝ったり時にはおカネも取ろうとしたりとある程度のやりたい放題だった。
ちなみに担当した声優さんの今の木村昂氏と旧版のたてかべ和也氏、本編の蛮声はそれなりに演じてはいるが実際の声質はそうそう悪くはなく、実際挿入歌も創られていて、それらはむしろ木村氏のある程度のかっこよさ、あるいはたてかべ氏も頼もしさすら感じられる。
さておきそのジャイアンのリサイタルに対するためにドラえもんもあの手この手を尽くす様で多くのお話がつくられた。
その一方ジャイアン以外のキャラについて、実はドラえもんやのび太くんも、ついでに言えばしずかちゃんも実はバイオリンについて音楽とは言い難い雑音を立てているともいえる。
まずドラえもんはジャイアンの歌に対抗して自分の歌を聴かせようとしてこらしめんとする。それが結構なドラ声でジャイアンですら辟易するといったお話があったけれど、結局そのくだりもジャイアンが受け持つ形となった。これは声を受け持った大山、水田両女史の演技も合いまったことなのは述べるまでもないけれど。
続いてのび太くんの場合は歌は「聞けたものじゃない」とスネ夫あたりが述べている。それに関して“ダメ”の要素が重なっている事情があるだろう。ちなみに能力カセットの力でうまく歌えたこともあったけれど、こればかりは自身の声をベースにしているから練習次第でのび太くん自身もうまくなるだろうと思うし、加えてしずかちゃんのバイオリンも同じ理屈が通るだろうけれど、こればかりはやはりままならないかもしれない。
といった具合で結局はお話の都合とギャグに転がった事情もあって、歌については先述通りに結構大変な思いをしつつもそれに付き合わなければならないということで。

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ザ・ドラえもんズオリジナル:ドラメット三世編(その1)前編

さてみなさん、今回のザ・ドラえもんズのストーリーは、ドラメット三世のストーリーをお送りいたします。舞台となるのはいわゆる中東アラビアの街。みなそれぞれに平和に暮らしている中での大騒動、はたしてドラメットたちはどう解決していくか、まずはドラメットとその仲間たちの紹介をば。
アラシン(のび太):大富豪の息子で父親から強い人間になれと日々厳しく教えられ、ドラメットがそれをサポートしていく。
サーラ(しずか)アラシンの子供のころからのいいなずけだが今はまだ友だちづきあい程度。ドラメット同様にアラシンを助けていく。
シン(スネ夫):貿易商の息子
ウルク(ジャイアン):雑貨屋の息子
アルス(出木杉):学者の息子
いずれも一般庶民の出身だが、アラシンの父親が庶民にも慕われていることからなりゆきアラシンとも友だちになっている。アルスは知恵の面で助けているが、サーラが何かと仲がいいのをアラシンは面白くない。一方のウルクたちはからかいながらもアラシンの手助けとなっていく。
ひとまずはこういったメンバーでストーリーを繰り広げます。はたしてどのような展開になるか乞うご期待といったところで、それでは、ごゆっくり。
 
ここはアラブの街、ドラメットがお世話になっている大富豪の息子アラシンは、ある日今日の勉強を切り上げ午後の昼寝をしようとする中、奥の部屋で何やらガタガタと音がする。
アラシン「なんだろう、あれ、ドラメット」
ドラメット「あ、アラシン、今道具の点検と整理をしているでゴザル」
見れば部屋中のガラクタの手入れをしているドラメットがいた。
アラシン「僕にも手伝えることあるかなあ」
アラシンが道具をまたぎつつドラメットに近付こうとするが、
ドラメット「今はいいでゴザルよ、アラシンがいるとかえって散らかるでゴザル」
と、にべもなく追い返される。
アラシン「ちえっ、せっかく役に立とうとしたのに、でもいいや」
と、さっきくすねたランプを手に自室へと戻るのだった。
アラシン「このランプって昔読んだ本によれば、こするとランプの精が出てきて・・・・・」
と、ためしにランプをこすろうとするが、
アラシン「待てよ、ここじゃちょっとせますぎるな。それからあまり散らかしたらまた父上におこられちゃうよね」
そこでこっそりと外に出ていき、さっそくランプをこすって精霊を出そうとする。
アラシン「さあ出てこいランプの精」
すると一面の煙とともにとランプの精がやはり出てきたのだ。
ランプの精「う~んよく寝た、うん、おれ様を呼んだのはお前か」
アラシン「わっ、びっくりした、でも本当にランプの精が出てくるなんて」
ランプの精「出られたからには何かお礼がしたいな、さてお前は何を望む、どんな願いでもかなえてやろう」
とランプの精はアラシンに問いかけるが、
アラシン「うーん、これといって願いは何もないな。それにあまり人や物に頼るなって父上にも教えられたんだ」
ランプの精「なんだ、つまらない奴だな、まあいいさ、せっかく外に出られたんだ。ちょっくら遊びに行ってくるぜ」
と、ランプの精ははるか天空へと飛び去って行った。
アラシン「ああ、行っちゃった、でもいいか。家に帰って夕方まで昼寝しよう」
アラシンも手に持ったランプ片手に家へと戻っていく。
 
アラシンが家に戻った時には、ドラメットがひみつ道具を整理したのか部屋中ほぼ整理されていた。
アラシン「ああドラメット、整理はもう終わったの」
ドラメット「うーん、やっぱり一つ足りないであーる」
見ればドラメットは何かを探しているようだった。
ドラメット「ああアラシン、今整理終わったけど足りないものがあるでゴザル」
アラシン「うん、そういえばさっきランプを持っていって、そこからランプの精を出したけど」
と、手に持ったランプをドラメットに手渡すも、ドラメットは驚いて、
ドラメット「なんだって、あれは『精霊よびだしランプ』でゴザルが、その精霊は基本的に自分勝手ですぐに周りを飛び回っちゃうでゴザル」
アラシン「ええっ、それじゃあさっきの精霊は願いをかなえてくれるっていうから」
ドラメット「たしかに願いはかなえてくれるでゴザルが、そのかなえる目的を選ばなくて時には迷惑をかけちゃうでゴザル。あのままほっといたら何するか分からないでゴザル」
アラシン「でも、さっきは特に願いを言わなかったから勝手に飛んでちゃったよ」
ドラメット「それこそ大変でゴザル。早く連れ戻さないと大変なことになるでゴザル」
アラシン「そいつは大変だ、早く行かなきゃ」
と言ってドラメットとアラシンは街へと向かうのであった。その際に富豪の父親がそれを見かけて呼びかけんとする。
父「おいアラシン、また遊びに行くのか、まったくしょうがないな」
呼び止めようとする父親に街の人たちが訪れる。
「旦那様、今街じゅうで変なオバケが現れて・・・・・」
父「なんとオバケとな、一体どういうことかね」
そんなやり取りをよそに、ドラメットたちが駆けつけた先では、ランプの精が早速悪さをしていたのだ。

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マンガ家の苦悩<本当は怖いドラえもん>

さて今回は、ドラえもんのお話についての考察を実際マンガ制作に携わってきた先生の視点を通じて行いたいと思う。まずはこれらのお話から。
『あやうし!ライオン仮面(コミックス3巻)』
ある日ヒーローのピンチで終わったマンガの続きが気になるドラえもんが、その作者のマンガ家さんをたずね、いろいろないきさつの後にそのマンガ家さんが過労で(働きすぎなどで疲れがたまりすぎて)倒れたので、仕方がなくドラえもん自身がそのマンガの続きを描くことになったそうな。
『まんがのつづき(コミックス31巻)』
ある日人気のマンガの最新のお話を仲間はずれで見られなかったのび太くんは、結局はドラえもんの力を借りてそのマンガ家さんに続きのお話を描かせたことで見ることができたが、先のお話を知ったことでかえって浮いてしまい結局また仲間はずれになったそうな。
 
とまあ、これら二つのお話は「まんがのつづきが見たい」という想いから作者のマンガ家さんを訪れ、マンガのお話を作ることの作者のマンガ家さんの苦悩をも描かれた。これも言い換えれば我らが藤子F先生、否、いずれのマンガ家さんにも当てはまることでもあると思う。あともう一つ述べるなら『職業テスト腕章(コミックス27巻)』でマンガ家の職業を体験しようとするも、結局数十ページの原稿を代わりに描かされてしまうといったズッコケで締められたそうだけど、これも言い換えればマンガ家といった職業の苦労を描いたものとも読める。
あと加えて苦労して描いたマンガ作品は、当然担当編集者に受け取られてから雑誌編集人のチェックを経て世に出ればいいけれど、中には不採用と書き直しとなってしまうこともある。噂ではベテランのマンガ家さんにはあまりそれはなされないだろうけれど。若手の売れっ子ならせっかく書いた数十ページの原稿の大半を書き直しといったことも決して珍しいことではない。まあそれはともかく、
こういった若手ならずとも売れっ子のマンガ家となれば1週間から1ヶ月で大量の作品を描かなければならず、その際にちゃんとしたストーリーを構成しなければならないところをどうしてもすこし楽な方に向いてしまう場合だってある。たとえば「ひみつ道具で問題を解決してからジャイアンたちが悪用しようとしてしっぺ返しを受ける」といったシチュエーションが時期を経て「そのままのび太くんが悪乗りしてしっぺ返しを食らう」ということに流れてしまう場合がそれある。
編者も一概にそうは断言できないことを承知で、つまりは藤子F先生も自身の悩みをあまり打ち明けられなかった事情もあり、加えて当時の編集者や批評家の人たちも、ほとんどのお話をごもっともとそのまま受け止めて、ある意味悩みや苦悩を積み重なっちゃったかなというのが後期辺りの事情だったのかと今更ながら思うのだが。

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ザ・ドラえもんズオリジナル:ドラ・ザ・キッド編その1(後編)

さてみなさん、今回のドラえもんズオリジナル小説は、馬の練習で悪戦苦闘している最中にガキ大将のグラントたちが無法者にさらわれ、助けようと乗り込むところから始まります。はたしてうまく助けられるか乞うご期待ということで、それでは、ごゆっくり。
 
ところ変わって郊外のあばら家では縛られたグラントとケビン、その周りにいかつい数人の男たちが酒を酌み交わしていた。
グラント「お、おれたちをどうするつもりなんだよぉ」
ケビン「お母さまぁ」
「大人しくしてろよ、もうすぐ大金が手に入るんだ、それからしばらくしてから逃がしてやるぜ」
「しかし遅いなあ」
「まあいいさ、こいつのオヤジはケチだから値切って千ドルくらいしか渡さないだろうけど。まあもらえないよりはマシさ」
と酒の席で談笑(笑いを交えた語らい)をしているうち、あばら家から離れた高台でキッドやマークたちがたどり着いて様子を見ていた。
キッド「あいつらの笑い声がしているな」
マーク「グラントたち大丈夫かなあ」
シェリー「でもうかつに近付けないから、どうしましょう」
キッド「とりあえず調べてみよう『スケスケスコープ(スケスケ望遠鏡)』」
と望遠鏡を取り出して目盛りを合わせ、あばら家の中を覗き込む。そこには縛られたグラントたちと無法者たちがいた。たしかに今踏み込んでも自分たちが捕まるかもしれないので、なかなか踏み込めないでいたのだが。

一方で乗り捨てたグラントのウマとその置手紙に気付いたグラントたちの家族、ことにマークの父の保安官が事件のことに気が付いた。
グラント母「まったくこんな時にこんなことしでかして」
ケビン母「ああ、ケビンちゃん、でも身代金なんてもったいないし」
シェリー母「そういえばシェリーも見かけないけれど、まさか一緒にさらわれて」
保安官「まあまあみなさん、ここはわたしたちがなんとかいたしますので。しかしキッドやマークはどうしたんだ」
そこに一人の農夫が通りかかる。
農夫「ああ、保安官、さっきキッドたちが郊外に向かったけど、何かあったのかい」
保安官「まさかあの二人、今行けば捕まるかもしれないのに」
そこに助手のウマロボットのエドがいななきとともに告げる。
エド「ここはおれが助けに行ってやるよ。ハイヤー、シルバー!」
と、ちょうど保安官が降りたのを気に留めず、一頭で郊外へと駆け去っていく。
 
そのうちにあばら家から無法者たちがグラントたちを引き連れて出てくる。その一方キッドたちのもとに先にたづなをつけたウシやブタもやってきた。
シェリー「ああ、グラントたちが連れられていくわ」
マーク「どうしよう、今駆け付けたこの二頭じゃ心もとないし」
そこにエドが駆けつけてきた。
エド「お待ちどうさん、ここはおれにまかせてあいつらを助けようぜ」
と、マークを頭ですくううように背中に乗せる。
マーク「え、でもどうして僕が、僕ウマには乗れないのに」
エド「いいからいいから、それじゃあ、振り落とされるなよ」
ワーッとたづなと鞍にしがみついたままエドに乗せられるマーク。そのまま無法者の前に駆け込んでいく。
「わっ、なんだこいつは」
グラント「ああ、マークじゃないか」
「何だと、保安官のウマとその子供か」
「くそっ、やっちまえ」
無法者もショックガンで応戦する。未来の世界でも銃器類は犯罪遂行のための護身用程度で済まされるということか。それはさておき銃弾をかわしつつ無法者の何人かはエドにけられて伸びてしまう。しかしグラントたちが馬車に乗せられ逃げられてしまう。
マーク「ああ、逃げちゃうよお」
エド「逃がすもんか」
と、エドも馬車を追っていく。ついでにキッドがブタに、シェリーがウシに乗って後を追う。
こうして一台と3頭の追いかけっこと相成り、キッドはブタを危なげに操り、マークはエドにしがみつくだけで精いっぱいで、そしてシェリーはウシとウマが合うのか、うまい具合に軽々と駆けていく。
シェリー「どうどう、いい子ねこのウシちゃん、でも大丈夫、キッドとマーク」
キッド「お、おう、大丈夫、だよ・・・・・!」
マーク「・・・・・!」
まあ結局はこの二人はブタやエドに引きずられがちなのだが。
そんなこんなで無法者の馬車は高台に乗り上げて横転し、おなじくブタから落馬しつつも体勢を整えたキッドがショックガンで無法者のリーダーを撃って動けなくしていく。
馬車から抜け出したグラントたちもかすり傷だけで済み、そこにエドが駆けつける。
エド「おい、大丈夫か二人とも」
グラント「おう、おれたちは大丈夫だ」
ケビン「でも、かっこいいなあ」
グラント「それに引き換え、マークの奴、カッコ悪い」
マークはエドの背中に乗ったままのびていたのだった。
 
こうして誘拐事件は無事解決し、この日も非番のエドに乗せられたマークの姿がいた。
マーク「また乗馬の練習か。来る日もエドの背中に乗せられてうんざりだなあ」
キッド「そんなこと言ったらいつまでたっても乗れないぜ」
エド「こうやって練習すればきっとうまくなるんだからな」
そこにウマに乗ったグラントがはやし立てながらも励ましていく。
ケビン「ようマーク、またエドでお馬のけいこか」
グラント「また振り落とされないようがんばれよへたくそ」
さらにシェリーは先のウシに乗っていた。
シェリー「がんばってねマーク、私もうまく乗れたからね、ペロン」
いつの間に名付けられたウシも上機嫌そうにシェリーを乗せて当たりの散歩に興じていた。
こうして西部の街も再び平和が訪れたそうな。

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世の中いじめっ子だらけ:子の心、親知らず・先生のお仕事

さて今回はのび太くんたちが学校での勉強や生活を送る上でご厄介になっている先生についてお送りしたい。
まず一概に先生のお仕事といえば、授業で勉強を教えてから、授業を終えたいわゆる放課後に生徒の授業態度をはじめとする生活内容を記録しあるいは先生の間で会議などを行って意見を交換し、それらを次以降の授業等に活かすといったものである。他にもいろいろあるけれど、とりあえずはこんなところで。
その“他のお仕事”についてドラえもんのお話においては、なにかと成績が悪く勉強ができないのび太くんを叱りつけては勉強をさせんとする。今にして思えばこれにつきる。それに際して宿題を忘れたり遅刻をしたりして廊下に立たせるのはまだいいが、それが高じて中期あたりでしょっちゅう居残りをさせられるわ、外で出くわすたび叱りつけられる。たしかにお仕事熱心という人もいるだろうが、やはりある意味いじめっ子と化したという感もぬぐいがたい。それでもほめる時はきちんとほめているけれど。また後者に関しては先述の説明通り、仕事上決して学校の授業が終わってのいわゆる放課後すぐに外にほっつき歩いていいわけではないのだ。
またどうして0点ばかり取るのかという問いかけに対してのび太くんが「先生がくれるから」とうまいような応えで返す。これについては先生のせいだといえば少しずるい感もあるのだが、やはり半分は先生の教え方にも問題があるだろうといえる。これも結局は作者のF先生の思惑によるもの、すなわちお約束やらデフォルメやらであるのは間違いはない。
それはさておき、それでも先生はのび太くんのことを思っているのだということはやはり認めるところで、その帰結が劇場版のび太の結婚前夜で、再会した先生が成長したのび太青年に感じ入るくだりがあった。とんなに手のかかった生徒でも、しっかり成長してくれてよかった、といった具合で。
ともかくどんなに乱暴でみっともなく振る舞い、最後にそれらを含めていい思い出だったとしても、先生も大人としての責任はひとまず果たしていたと、今更ながら思わずにはいられない。

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ザ・ドラえもんズオリジナル:ドラ・ザ・キッド編その1(前編)

さてみなさん、今回からの新企画として『ザ・ドラえもんズ』のいわゆるパーソナルストリーをお送りする運びです。
主な内容はというと、ドラえもんズのメンバーを中心としたストーリーといったところで、原作ドラえもんのストーリーに照らし合わせ、それぞれのドラえもんとそれにかかわるキャラクターでストーリーを組むという形を取ります。
今回のドラ・ザ・キッドにも原作に連なるキャラクター(もちろんキッドオリジナルのキャラクターもありますが)を設定しました。
マーク(のび太):キッドが厄介になっている保安官の子供、何かと弱弱しいイメージだが、わずかな努力家でもある。
シェリー(しずか):マークの近くに住む女の子。なにかと面倒見がよく時には気が強いこともある。
グラント(ジャイアン):近所のガキ大将的存在で、マークたちをからかいつつも時には引っ張っていく。
ケビン(スネ夫):近所の大地主の息子でそれに鼻をかけているが意外と金銭面でしっかりとしている。
エド:キッドの相棒のウマ型ロボットで、通常は普通のウマと同じだが、直立歩行モードにも変形する。キッド以上にマークの面倒を見ていて、時には厳しく接するがマイクの方もそれにひとまずついていっている。今回は登場なし。
ひとまずはこういったメンバーでストーリーを繰り広げます。はたしてどのような展開になるか乞うご期待といったところで、それでは、ごゆっくり。
 
アメリカの西部、マークはこの日も本を読みながらの帰り道、後ろからグラントとケビンが馬に乗って駆けてきた。
ケビン「今日はいい日だな、こんないい日に馬に乗って風を受けるのは気持ちがいいな」
グラント「おっ、マークじゃないか、たまにはお前もウマにのって駆けてみろよ」
しかしマークはにべもなく、
マーク「いや、僕はいいよ」
グラント「なんだ、つまんない奴だな」
ケビン「きっと乗れないんだよ、こんなに気持ちがいい日なのに、乗れない奴はかわいそうだなあ」
と2人は去っていく。マークもしばらく歩いて家に着くなり、たまたまパンケーキバーガーを頬張っていたキッドに泣きついていく。
マーク「キッドぉ~!」
キッド「わっ、なんだなんだ・・・なるほどそういうことなのか、しょうがないな」
マーク「だからキッドの力を借りて僕も馬に乗れるようになりたいんだ」
キッド「あいにくエドは別の仕事でいないから、そうだ」
と、ハットからヒモみたいなものを出す。
キッド『なんでもたづな』
マーク「なんでも、って、なんだいこれ」
キッド「これは動物なら何でも乗ることができるたづななんだ。これならウマに限らず何でも乗れるように・・・・・」
マーク「だから僕はウマに乗りたいんだよ」
キッド「だからそのウマに乗るための練習だろ、そのための道具なんだ」
と、通りすがりのブタにたづなをかけ、マークもそれに乗らんとする。
マーク「なんだよこれ、ちっとも動かないじゃない、これじゃあ練習にもならないよ」
なんとか動かそうとたづなを張るマークだったが、そのブタがようやく動いたかと思えば近くの水たまりで再びうずくまったかと思えばそのまま寝返りを打ち、はたしてマークは振り落とされてしまいドロの中にはまってしまう。
キッド「まったく世話の焼けるなあ」
マークを引き上げて今度は牧場のウシにたづなをかける。
キッド「これならうまく乗りこなせるさ」
マーク「ほんとかなあ」
ひとますウシにまたがるマーク、しばらく歩いていくうちに近くの犬が吠え立てる。はたしてそれに驚いたウシが逃げるように駆けていく。
マーク「あ、ちょっと、いきなりかけるなんて聞いてないよ」
キッド「がんばれ、今がふんばり時だ」
しかしそのウシを犬が追いかけ、ウシもさらに逃げていく。そうこうしていくうちにマークも振り落とされていく。
マーク「もういやだ、どうしてうまくいかないんだ」
キッド「しょうがないなあ」
マークを再び起こしつつ、また練習を続けようとしたその矢先、
シェリー「キッド、マーク、大変よ、グラントとケビンがさらわれて」
マーク「ええっ、なんだって」
グラントのウマが乗り捨てていて、そのウマの鞍(馬の背中に乗せる座席)に手紙がはさんでいたの」
と、シェリーが手にした手紙をキッドが受け取る。
キッド「えーと、子供たちの命が惜しくば1万ドルを用意しろだって」
マーク「なんだよそれ、そんなに払えるもんか。でもどうする、パパはまだ他の街に行ったきりだし」
キッド「おれたちで何とかするしかないな」
シェリー「それじゃあ私も行くわ、もちろんほっといちゃいられないわ」
キッド「ちえっ、女の子は足手まといだけどな」
マーク「そんなこと言っている場合じゃないだろ」
そうマークがたしなめてから3人でグラントが行方をくらました場所へと向かうのだった。しかしその後でなぜかたづなをつけたままのブタとウシも3人の後をついていくのだった。

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僕らの隠れ家ライフ:原始へのあこがれ<本当は怖いドラえもん>

今更述べるまでもなく、藤子F先生の恐竜やそれらが活躍した恐竜時代に対するあこがれはひとかどならぬものがあった。
そのあこがれが、生きた恐竜を一目見てみたいというのぞみから、いっそのことその恐竜時代、あるいは原始時代で暮らしてみたいといったのぞみにも発展し、いくつかのお話ができたことだろう。
今回はそのいわゆる原始時代での生活についての問題点を中心に述べたい。
『原始時代の王様に』
ある日文明が未発達の原始時代にて文明の利器を見せびらかしそこの王様になろうと言い出したのび太くん、いざ乗り込んでみようとするもどれもうまくいかず、結局は変なサル呼ばわりにされ、しまいは心配で駆けつけたドラえもんがちゃっかり神様に祭り上げられたそうな。
これは初期のお話ということで、教訓云々より笑い話ととらえてもいいかもしれない。それでも笑えない事情としていざ後代の利器を見せびらかしたら、人々の未知への恐怖をあおって何をされるか分かったものではない。それを踏まえてサル呼ばわりでペットにされるのはいい方だったろう。あとヘタをすればいわゆる歴史改変やらタイムパラドックスやらをも引き起こしかねない。
結局ある程度その時代の環境等にあわせての生活に落ち着かなければならないか。そこで時代は進むかもしれないがこのお話をば、
『石器時代のホテル』
ある日みんなで石器時代に旅行することになり、未来の世界が提供したホテルにて現代風に近いサービスを受けつつそこでの暮らしを楽しむことになる。ところが突然の火山によりホテルから逃げ出し、着の身着のままで救助を待つまで不便な時を過ごさざるを得なかったそうな。
たしかに後半ホテルが使えなくなり、着の身着のまま生きていかなくてはならないとしても、ある程度の知識がなければどうにもならなくなる場合に陥るのも事実である。これは石器時代ならずとも最近のアウトドアキャンプでもいえることだろう。
つまりはあまり厳しいことを言わなくても、原始時代等も人が生きるのには厳しい時代なので、ここで暮らすにはある程度の知識や覚悟が必要になるということである。また繰り返しながらもキャンプ自体もある程度の用意も必要でもあるのは今更述べるまでもないだろう。

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はしがきのまとめ<本当は怖いドラえもん>

今回はこの場を借りて本記事『本当は怖いドラえもん』において本当の意味で読める記事をと、今までの記事をまとめた末に本記事を掲載する運びとなりました。そこで当記事に連なるいわゆる前の記事をお送りして本記事に移ることとします。
 
はしがきと物語におけるドラえもんの歴史
 
先の記事と繰り返しながらも、そもそもドラえもんのお話の主人公ののび太くんに様々な問題が降りかかり、そのたびにドラえもんに頼み込んではドラえもんが出すひみつ道具の少しふしぎな力と一応の創意工夫で、時には悪戦苦闘しながらも解決をしていくといったものだった。
それに加え初期のストーリー展開を鑑みて、のび太くんが本来悲惨な運命をたどるところを徐々に好転させていくものであった。
そもそもドラえもんの連載は、掲載された小学館の学習雑誌(小学一年生から四年生)の性質上1年完結の展開で、年度末に一応の最終回は各雑誌に記載され、ひとまずの区切りとしたのだが、その後今までのお話が記載された単行本も発売されドラえもんの人気も徐々に高まるにつれ、それから当時の読者の反響から連載を続けられることに相成った。
それでもまた(当時として)本当の意味での最終回『さようならドラえもん』が発表され、これで本当の意味での区切りになるはずだった。
その上で新しい作品で新しい物語を創ろうとしたのだが、どの作品もドラえもんとはさほど変わらずそれら派生作品、中にはポコニャン等ヒット作品もあったが、やはりドラえもんほどの盛り上がりには至らなかった感もあり、そもそもドラえもん以前に活躍した『オバケのQ太郎』から受け継いだ日常の少しふしぎなお話を本当の意味で継承するのはドラえもん以外にないといった結論に至り、以降の『帰ってきたドラえもん』をはじめとしてドラえもんも連載をまた再開する運びとなった。こうしてドラえもんを中心として藤子不二雄(当時)の少しふしぎなお話が続けられる、はずだった。
そのドラえもんのすこしふしぎなお話は、のび太くんがドラえもんのひみつ道具を使いいつも通りの様々な問題を解決しようとするのはいいけれど、ストーリーの幅が広がるにつれ、その問題解決からの悪乗りでかえって手痛いしっぺ返しを食らうお話がちらほらと発表されることと相成った。
これについては6巻以前でも、活躍をしようとしてもかえって失敗するお話はあったが、これは先のオバQが活躍をしようとしてかえって失敗するいわゆるズッコケオチからつながるものであったが、オバQのそれはあくまで活躍をしようとしての失敗で、ドラえもんの場合は掲載している学習雑誌のこともあり、作者の藤子F先生も何か子供のためになるお話を描いてみようといった、悪く言えばお節介の虫が騒いで読者に対するいましめや教訓、しつけ話、とんち話などを中期辺りから描くようになる。しかしどういうわけかそれらのいましめにいたる問題を起こすのがのび太くん一人に集中しがちとなり、こらしめと称して責められていくのも後期になってちらほらと描かれたりもした。かくいう編者もそれらのお話にごもっともと共感しながらもどこか心に引っ掛かる違和感を覚えずにはいられなかった。
そこでもう一度中期辺りの事情を思い起こせば、それらに至るまでの心当たりは思い浮かべることがいくつもある。そもそもストーリーを製作する上での作者の藤子F先生の心情すなわち気持ちについては子供たちのためにユメを送ろうといったことに変わりはなかったとことわっておいて、
まずはいわゆる最終回と連載再開にこぎつけられたのは先に述べたこととして、その後でドラえもんのテレビアニメ化を経た劇場版アニメ制作に伴ってのいわゆる大長編。これはドラえもんやのび太くん、そして仲間たちがふしぎ世界を大冒険していくといった展開だが、本来いじめっ子のガキ大将たるジャイアンとスネ夫がここでは頼れる仲間と相成っていて、それで彼らに対する情も増し、反比例的にのび太くんが問題児的な要素を受けていきがちとなった。
次に中期あたりから準レギュラーになった出木杉くんの存在だけど、彼については後でじっくりと述べたいと思う。
そして決め手になったかもしれないが、長年仕事を共にしていた安孫子元雄先生、すなわち藤子A先生との作品の利権がらみからのコンピ解消もあり、それに伴ったであろう体調の変化もあった。それが内面的な考え方にも影響を受けてしまったといった感があった。
それらの要素から次第にドラえもんにおけるイマシメ話が頻繫かつ深刻化していったことだろう。もともと読者へのイマシメが次第にのび太くんへのイマシメへと移ってしまった具合に。
その結果が日常でのお話においてのび太くんが活躍するどころかかえって失敗するお話、すなわち返り討ちがもっぱらといったお話がもっぱらとなり、またいくらかの読者が「ダメで悪い子」のイメージでのび太くんを見るようになった。
加えて藤子F先生もそれらのお話は必ずしも本意ではなかったと洩らし、それでいてそのジレンマに終わりまで抜け出せなかったきらいがあった。
今でこそ新旧のお話を並列して楽しんでみることができるが、最近になって先生の作品集が発売され、その年代別に読み続けていくうちにそういったある意味暗澹とした思いが呼び起こされる。
そういったいきさつから、いささかひねくれながらもドラえもんのストーリーに関する問題点、ことに主人公ののび太くんの行動と言ってしまえば扱いを中心に挙げつつ、作品に関するレビューをお送りする運びとなったわけである。

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僕らの隠れ家ライフ:小さいことはいいことなのか<本当は怖いドラえもん>

今では遊びの形態も多用になり一概には言えないけれど、ドラえもん連載当時、子供のころ遊ぶ場所がなくてもどかしい想いをしていた人もおられることでしょう。その遊び場所、遊ぶスペースがないかという想いが「小さくなれば遊ぶスペースが得られる」といったお話を産んだ。そこでこの2本を紹介し、それに関する問題もまた述べたい。
 
『夢の町ノビタランド(コミックス3巻)』
その日も外で遊ぶにも場所がなかなか見つからないのび太くんたち。そこでミニチュア製造カメラで野比家の裏庭に自分たちの街をつくってそこを遊び場所にしようとしたが。物置を作るためにママによってミニチュアの町が取っ払われてしまったそうな。
 
『ミニハウスでさわやかな夏(コミックス21巻)』
この日もスネ夫の別荘の話をうらやましがるのび太くん。見かねたドラえもんがミニハウスの別荘を出してしずかちゃんを誘って一緒に別荘暮らしを楽しんだが、途中スネ夫たちに横取りされる。そのスネ夫とジャイアンもいざ別荘で楽しもうとしたが、ゴキブリに襲われるは、ガリバートンネルでさらに小さくなるはで散々な目にあったそうな。
 
このように小さくなって遊びや生活等のスペースを確保しようとする試みは藤子F先生ならずとも思うところ。しかし小さいことは小さいなりに不便なものもあり。それが先述2本のオチになったかなと思う。これは教訓云々よりも純粋な笑い話ととらえて差し支えないけれど。
ただでさえ狭い日本で遊びや生活等の場所を確保できないかと試みては、いろいろな困難でどうにもできないというオチも、ある程度のF先生の嘆きとも受け止める。それでも何とか工夫して生活の場を作ろうとする人々の努力にもつながったとひとまずは信じたい。

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戦争を知っているドラえもん:続・リアル戦争ごっこ<本当は怖いドラえもん>

ドラえもんと戦争を交えたお話の中で、その戦争に登場した戦艦やら戦車や戦闘機やらとそれらの機械類に憧れた人もおられた人もおられたでしょう。かくいう藤子F先生もその例外ではあり得なく、実際のび太くんたちに戦艦や戦闘機を操縦させたお話を描いたものでした。それが次のお話ということで。
 
『ラジコン大海戦(コミックス14巻)』
苦労して小遣いを貯めたラジコンボートを、スネ夫の戦艦大和とぶつかって沈められた。謝ろうともせずに自慢ばかりをするスネ夫に、その大和を乗っ取って仕返しをしたのび太くんたちだったが、それがスネ夫のいとこのスネ吉を交えたラジコンのゼロ戦にての大海戦にもつれ込んだ。
やがて大和を沈められたのち小型潜水艦でスネ夫たちのボートを撃沈して終わったけれど、前回の説明があるので詳細はそちらに譲ることとして。
 
『大空中戦(コミックス12巻)』
ある日部屋から飛んできた小さな戦闘機、そこから降りてきたドラえもんから、ミニ飛行機のことを教えられ、みんなを交えて飛行機を乗り回すことになったが、聞きつけたジャイアンに横取りされてみんな撃墜されてしまったそうな。
その後ジャイアンは東京タワーにまでたどり着き、てっぺんで休んでいるうち飛行機を落っことし、帰れなくしまったのがオチだけど。新アニメ版では歴史上の女性パイロットの事項にかこつけてしずかちゃんを中心とした飛行機レースに置き換えられた。こういったのも現代の風潮といえばやむを得なかったかもしれない。
 
こういった飛行機や戦艦を乗り回してある意味戦争気分を味わうのは、藤子F先生としてもユメだったことだろう。これらも現代ではラジコンの技術もある程度発達し船はともかく飛行機に関してはある程度の訓練は必要ながら再現でき、あるいはテレビゲーム等を通じてある程度の戦争ごっこもかなえられるかもしれない。
たしかに戦争と平和のことも学ばなければいけないことだろうけれど。戦艦や戦闘機に対するロマンも味わってみる価値もあるだろう。

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