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新・禍福のアンバランス:小さなしあわせの代償<本当は怖いドラえもん>

さて今回も不運から脱して幸運を得ることと、いわゆるその代償のある意味必要性をひとまず述べることとしたい。ということで今回挙げるのはこの二本をば。
 
『アヤカリンで幸運を』
その日も何かと不運に見舞われっぱなしののび太くん。いつかはいいことが起きるとドラえもんがなだめるも、そういつかは待てないとゴネた末に“アヤカリン”なるクスリを出す。これは何かいいことがある人に触れるとその人と同じ幸運がもたらされるという。しかしその時期が過ぎるほどその効果は低いので、こればかりは自分で探さなければならない。こうして紆余曲折、さまざまな困難の末に今回もテストで好成績を残したしずかちゃんに触れることができ、のび太くん自身テストの0点を免れることができたそうな。
この道具は他人の「しあわせにあやかって」自身の幸運を得るというものだが、やはり時間の関係でその幸運の度合いが違ってくる。それをいかに得るのかが今回挙げる小さなしあわせの代償というところだろうけれど。
少し横道にそれるけど、途中しずかちゃんのお風呂場に入るシーンにてのび太くんが「これではさわれない」と怒ったシチュエーションについては、お話に変化をつけるためのことで、つまり藤子F先生がちょっとひねって描いたものだろうというのが率直な意見なのだが。
そんなこんなでひとまず苦労したおかげで小さなしあわせを得ることができたということであったが。
 
『しあわせトランプの恐怖』
ある日のび太くんは部屋で一組のトランプを見つけ、たまたましずかちゃんと遊びたいとこぼすと、なぜかしずかちゃんが遊びに来て一緒にババ抜きを楽しんだ。
後でドラえもんが来てこのトランプは、いろいろ望みを叶える“しあわせトランプ”でカード1枚ごとに願いを叶えるものだが、最後に残ったジョーカーの札が今まで叶えられた願いによる幸運の分の災難をもたらされる代物でもあったのだ。
その後もトランプは友達の手に渡るも結局のび太くんの手に戻り、ついにはジョーカーの札のみが残った。このままでは大きな災難が降りかかってしまうが、たまたま金庫にしまわれたトランプをひったくりに奪われて、自身は突き飛ばされただけで済んだが、残りの災難はそのひったくりが引き受けてくれたそうな。
この道具は初期の『ラッキーガン』に近いものだが、ラッキーガンがいわゆる運試しのお遊び道具であるのに対し、トランプは実際「願う」ことによって幸運をもたらす道具である。
そのトランプの厄介なところは、ラッキーガンが成り行き上不運に見舞われたとはいえ途中やめることができたのに対し、トランプは誰かに渡して受け取らない限りそれ自体が取り付き続け、途中やめることができないものである。さらにはガンが4発に対してトランプは53枚、その分の揺り戻しの不運は激しいものだろう。
あともう一つあげたいのは、ジョーカーの札における不運災難の説明にての「世の中あまくないんだぞ、いいことずくめでおわるはずがない」というドラえもんのくだり。
確かに世の流れが甘くはないというのは、戦後の困難な時代を生き抜いた藤子F先生の認識もあって、多少は正しいものでもある。
これも『サイオー馬』のお話に述べた「禍福はあざなえる縄のごとし」という文句にもつながるのだが、実際は禍の方が太くあざなわれているかなというのも率直な意見だけれど。
それでも世の中が甘くないならそれなりにしっかりと生きていけばいいだけのことで、それが小さなしあわせにもつながるものだとも思う。
とにもかくにもたとえ小さなしあわせでもそれなりの苦労をすればきっと報われる。そう思わないと将来生きていく上での希望を持って生きることもできないではないか、と大げさながらも述べておきたい。

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