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人間藤本弘の死、漫画家藤子・F・不二雄の死補足:ドラえもんにおける死と生<本当は怖いドラえもん>

かつてこのタイトルで、作者の藤子F先生がドラえもんのお話においてユメを伝えることができなくなったこと、ついで先生の死期と重なったこと、それがのび太くんの災難や苦労となって降りかかったことを述べたことがあった。
たしかにそれらの苦労や災難はやりすぎとも受け止められるが、それでも本当に苦しんではいないともドラえもんあたりは言ったことだろう。『のび太もたまには考える』然り『ドラえもんが重病に』然りと。
では本当の意味でのび太くんは苦しんだことがあったのかといえば、ひとますはそうだともいえる。
これは皮肉なことにあの当時本当の意味でユメを伝える役目を負った大長編の作品にそれらが描かれたのだ。まず海底鬼岩城ではバギーの自爆、鉄人兵団やふしぎ風使いではリルル、フー子の消滅である意味キャラクターの死が描かれ、日本誕生やブリキの迷宮、夢幻三剣士やらでは死地を乗り越えて目的を果たすというシチュエーションが描かれた。
これには80年代中盤あたりの藤子F先生の健康事情もあり、内外の圧力みたいなものが先生を追い詰めた、とまあこれまた言い過ぎながら指摘しておいて。
加えてお話を創るに際して締め切りに追われる日々は売れっ子やベテランとなった頃でも変わりなく、ストーリーの簡略化、悪くいえば安直化がなされ、繰り返しつつも結局のび太くんにお話の重みがのしかかり、それが先生のお体に障ったと述べておきたい。
それでも先に述べた事情からある種の使命感が以後のお話、ここでは日本誕生以降の大長編の創作につながったこともここで述べたい。
そして先生ご自身の死後『ねじ巻都市』以降の作品で藤子スタジオのみなさんに想いを託したのだと。編者に言わせれば一抹の不安もあるけれど、この意味でも今でも藤子F先生は想いとともに今でもドラえもんの中で生きているのだと思いたい。

 

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