銀英伝オリジナル・真ヴァーリモント氏放浪記(番外編)
さてみなさん、今回もスケジュールの都合でこの記事をお送りする運びとなりました、それでは、ごゆっくり。
リップシュタット戦役、続く同盟領侵攻を経て、やがてラインハルトがローエングラム王朝を開き、新たなる皇帝に即位して後も様々な事件を経て、かのヴァーリモント氏が一冊の白書を出版するいきさつを語る前に。このエピソードを語らなければならない。
その若い官僚はオーディンの大学を卒業し、はじめ内務省に内定するも、ラインハルトの即位に伴い宮内省への入官が決定した。
そもそもゴールデンバウム王朝における典礼省が解体し、その職務を宮内省が一部引き継ぐことに相成った。
その官僚も、フェザーン遷都に伴い、職務引継ぎの手続きの書類を整理する役目に忙殺されながらも職務に精励した後に、皇帝直々に招集が下ったのだ。つまりは若い官僚なら誰でもよいというラインハルトの意を受けてのことなのだが。
彼としても勅令は光栄なことながらも、その皇帝は激しい人となりと知らされ、もしも粗相があり皇帝の勘気に触れることがあることがあればと思うと、自然と足取りは重い。それでも自らの責任感を引きずって皇帝の執務室へと足を運ぶことができた。そして扉の先の皇帝は彼が入るなり、こう言い放つ。
「どうした、予の顔に魔物がとりついていると言いたそうだな」
「いえ、そのような滅相なことを、お赦し下さい」
彼もその場にひざまづき応える。それに対するラインハルトの受け答えは実に軽快だった。
「冗談だ、そう緊張されては予もやりにくい、まずは息を整えるがいい」
そう言われて彼もいささか緊張がほぐされた。その上でラインハルトは手紙を机上に差し出し告げる。
「卿に重要な任務を与える、この手紙をオーディンにおられるご婦人のもとに送り届けよ。くれぐれもご婦人には粗相なきように」
「は、ははっ!」
手紙を受け、その命令の意味をつかみかけながらも彼は用意された艦艇でかつての首都星オーディンへと旅立ち、指定された場所、閑静な住宅にたどり着く。
訪れた住宅には二人の老婦人が住んでいて、彼が携えた手紙に宛てられたクーリヒ、フーバー両夫人であるのかと容易に理解できた。
彼は恭しく「皇帝陛下のお手紙です」と婦人たちに渡す。
「まあ、金髪さんからよ」
「ああ、それを言うなら皇帝陛下でしょう、不敬罪で捕まっちゃうわよ」
二人の会話からおそらく過去皇帝が一士官である頃に懇意になったことがあろうと想像し、婦人たちをなだめんとしたが二人の陽気さに圧され、何も言えない。
その手紙に目をやってクーリヒ夫人がその手紙を読む。
「親愛なるおばあ様がた、私ことラインハルトは、この帝国の皇帝として多忙なる日々を送り、お便りを寄越す暇もありませんでした。この度国情が安定したのを機に、多忙の中時間を割き、このお手紙を寄越す儀とあいなりました・・・・・」
ラインハルトの手紙は多少ぎこちなかったが、両夫人には心のこもったものであった。一文づつ読み返すごとに喜ぶ夫人たちに、彼もまた快さを覚える。
そのうちに一人の女性が割って入るように訪れる。皇帝の姉、アンネローゼ大公妃の友人ヴェストパーレ男爵夫人マグダレーナである。
「ご機嫌いかが、おばあ様がた」
「まあ、男爵夫人、今皇帝陛下からお手紙が届いたのよ」
「まあ、皇帝陛下からのお手紙ですって、珍しいものもあるものね」
その口調から即位前の皇帝のことを知っている、というより大公妃の友人であることは彼も知っているのだが。こうして手紙をめぐる談笑は男爵夫人をも交えて続けられた。
「・・・次のお手紙がいつ送るかは約束いたしかねますが、おばあ様がたにはいつまでもお元気でお過ごしいただけるよう切に願うものであります。 ライハルト・フォン・ローエングラム」
「形式的ながらも本当に心がこもっていらっしゃるわね、あのお方らしいわ」
「ほんと、わたしどもも長生きしなきゃねえ」
そうこうとしているうち、ふと男爵夫人は彼の方に気付き声をかける。
「ところであなた、こんなところで立っているのもなんだし、少しお茶に付き合っていらっしゃいな。皇帝陛下もそれくらいの時間はお許しいただけるはずよ」
「はっ、それではお言葉に甘えまして」
と、彼も男爵夫人の誘いに乗ることになる。不思議と彼女の言には抗いがたいものがあったのだ。
こうして彼も男爵夫人とともにお茶と談笑に付き合い、有意義な時を過ごす。
その後彼はオーディン駐在を希望し、ほどなくしてそれは認められ、以後閑職の傍ら老婦人たちと男爵夫人の良き相談相手となる。
ちなみにラインハルトの夫人らへの手紙はそれが最初で最後となり、老婦人らはその後数年間、金髪と赤毛の君の思い出とともに余生を過ごすのだった。
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