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禍福のアンバランス:しあわせの資格とは<本当は怖いドラえもん>

さてみなさん、今回ドラえもんの記事の前に先日発売されたドラえもんのコンビニ文庫について少し述べたくなり、本題の前にここにお送りする運びとなしました。

その今回のタイトル『今日も1日いい日にするぞ!』について、何かと災難にまみえがちののび太くんが、ささやかながらもいい日になるようにひみつ道具の力を借りていろいろと活躍するお話を集めたのだが、

『パンドラのお化け』は何かを決心しようとしてかえって失敗してしまうお話で、あとダメなことは何をやってもダメという文句も当てはまってしまう。

『不運はツヨ~イ味方』は結局イマシメどころかイジワルの方に傾いてしまい、その上でのお説教はやはり卑怯にも感じてしまう。

『無敵砲台』の巻に関しては結局「ダマされた方がワルイ」という文句に行き付いてしまう。

このようにいい日にしようとしてかえってワルい日に転んでしまうというお話が大半であった。それでも『人生コース』の巻で「しあわせになるにはそれなりの努力が必要だ」というくだりに行き付くけれど、ドラえもんの立ち位置から結局押しつけがましい感もぬぐいがたい。

 

ともあれここからが本題にかかることにして。

くり返しながらドラえもんのお話のコンセプト(まずは初期)は、何かと不運な目に遭いがちの人生を送るのび太くんを、何とかいい人生を送らせることだった。

それが中後期になって、それら不運や困難を何とかしようとしてかえってズッコケるお話がしばしば見受けられる。たしかに初期においても『ラッキーガン』のお話があるけれど、このようなお話はたまにはの程度で、それが中後期に頻発することが問題だと挙げたい。

それについては、しあわせになるにはそれなりの努力をしなければならないという考えがあったことだろう。言い換えれば「ダメな奴は幸せになる資格はない」とも受け止められる、かもしれない。

それだけならごもっともと思うけど、ひみつ道具の力を借りつつ、ひとまずの努力をしても結局しくじってひどい目にあう。結局後期になるほどしあわせの資格についてのハードルも高くなっているともいえるだろう。

まず子供のしあわせについては、ほとんどがおカネやモノが伴い、あと気になる子の気を引くといったところ。あとケンカに勝つというのはまた別の問題と述べておいて。

それらが次第にままならないのは、読者のイマシメが建前だけれど、結局は藤子F先生の心情が影響しているだろう。

戦中戦後の子供時代から高度経済成長期の青年時代を経て、ドラえもんをはじめ多くのふしぎなお話を描き、子供たちにユメを送り続けたはずだった。

それが80年代に入り次第にモノや生活が豊かになり、その上でこれ以上しあわせになってどうなるのかといった不安の虫が騒いで、結局しあわせの前の困難がどうしても描かれがちになってしまったといったところか。

それでもしあわせというものは本人の気持ち次第でいかようにも感じられるものでもあるけれど、やはり時代の違いこそあれ本当の意味でのしあわせについて教えたいと思い、お話の中でいろいろといているつもりだったけれど、やはりギャグやズッコケに転びがちになってしまった。そんな後期の中でもしあわせを感じるお話もいくつか描いていることも間違いはないけれど。

ともあれ本当のしあわせについて、たとえば一見イヤな家の手伝いやらお使いやらでもやりとげれば結構いい気分になったなといった具合で、むずかしいテツガクを引き合いに出すまでもなく、子供うちでも真剣に考えてもいいのではないかと述べておいてシメとしましょう。

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