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そんなに勉強はイヤなものなのか<本当は怖いドラえもん>

今回は勉強することについての大切さとその反面の面倒くささについて軽く述べたいと思います。

日ごろグータラな生活を送るのび太くんに、ママや先生あたりが「勉強しろ勉強しろ!」と叱りつける。

その「勉強しろ」というくだり、たしかに子供の生活の中で勉強は必要なことだということは、今日びの子供たちでも理解できる。さてその勉強というものはどうやれば良いのか、残念ながら作中で具体的にどうしろというのかは述べられず、ただ「勉強しろ」の一言のみ、たまに勉強に取り掛かるもやはり黙々と取り組むのみ。

要はのび太くんのグータラを戒める。ひいては読者の子供たちにも勉強の重要性を教えようとした。これにつきるだろう。

一概に勉強といえば机の上で教科書や参考書片手に問題を解いたり内容をいくらか覚えたりと、ひとまずはそういった認識ではないだろうか。

それでことあるごとに勉強しろ勉強しろとまくし立てる。それについて今となれば辟易するのも無理ないないだろうが、あの頃はそれでも通じていた。

くり返しながらそれに反してその勉強のしかたはどうすればいいのか。もっともこれも「そういうのは自分で考えろ」と返されるのが当時は関の山だろうが。とはいえ基本的な方法として先に述べたことがらが一番手っ取り早いことだろうけれど。

そこで当時の風潮として勉強についてどうとらわれているかを調べてみたい。

まず昭和30年代の高度経済成長期、まず豊かな生活のために、それがよい仕事、よい企業につくため、そしてそれらがよい大学に入学するためと目的が折れてしまった。

それがマンガ業界にて、勉強ができる子が社会で通用できるという風潮に対して、勉強ができない子でもたくましく生きられることを描いた作品がいくらか発表された。その風潮は後にオバQの正太くん、パーマンのミツオ、そしてのび太くんにも受け継がれた。そもそもダメな子はダメな子なりにしっかり生きているというのがマンガの主題のはずだった。

それが昭和50年代からモノや生活がユタカになった時代に備え、子供であれそれなりの能力を身に付けないと生きてはいけないといった風潮から、ドラえもんにおいてまずはのび太くんから叱ってでも努力を促すといったコンセプトにたどり着いたのだろう。やがては連載中後期から叱られては反発し、やがては自滅、とはいかないまでもズッコケていく。といったシチュエーションが繰り返していき、やがては悪循環に陥っていく。それでもたまには努力の大切さを自覚していくお話もあるけれど。

ともかくもそれらの作品を通じて、本当の意味で勉強や努力の大切さを根気よく教えていくのも大切なことではないだろうか。

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