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ドラえもんの亜流たち:劇画オバQ<本当は怖いドラえもん>

今回はドラえもんの原点ともいえるオバQのそれからを描いた『劇画オバQ』を通じて、移り行く時代の流れに対する藤子F先生の捉え方を考察したいと思います。

 

『劇画オバQ』

オバケの国に帰っておよそ20年余、久しぶりに人間界に降り立ったQ太郎。ふと正太と再会し旧交を暖める。やがてかつての仲間たちともふれ合ううちに、自分は何も変わっていない反面、大人になって何もかも変わってしまった正ちゃんたち。彼もまた父親となったのを機にQ太郎も再びオバケの国へ帰っていくのだった。

 

この劇画オバQにて、時代とともに変わっていった背景を、オバQを通じて描かれた。

そもそもオバQの舞台はドラえもんより一世代前の、まさに昭和30年代、すなわち戦後の貧しいながらも力強く生きていた時代だった。

あらすじでも語った通り、自分は何も変わっていない反面、時代は高度経済成長を経て何もかもが豊かになった時代へと変わっていき、それに取り残された疎外感が心の片隅にこびり付いていた。それをオバQを通じて当作にて語ったのだろうし、そんな想いの中で、ドラえもんなど後期の作品を描かれていたのもやはり間違いはないだろう。

たしかにオバQ自体も80年代でリバイバルされたいきさつもあったけど、先に述べた事情からの時代のギャップがあってからかそんなに長続きはしなかったきらいもあった。そういえば最近『忍者ハットリくん』がリバイバルされ、それは子供の日常という形なら現代風にアレンジしているのだが。

いずれにせよ、藤子F先生にとってはオバQ以降の時代は、なんとかついていけるものの、どこかしら窮屈で不安な想いの中、日々を送っていったことは間違いはない。加えて常に子供の心を大切にしつつも知らぬうちに老いつつあるご自身に苦しんでしまってたんだなとも思うけれど。

でももしも、再びオバQがリバイバルされるとしたら『三丁目の夕日』みたいに古き良き日本の風景を交えてあの時の子供の生活を中心としたお話でお願いしたいとも思うけれど。

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