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世の中いじめっ子だらけ:続・いじめの流儀<本当は怖いドラえもん>

今回は先に述べた“いじめの流儀”の根幹の“ケンカの流儀”を織り混ぜながら述べることにしたい。

先に述べた記事ではまず「いじめなりケンカなり、次の日は水に流そう」というくだりを中心の述べたものだけど、それが80年代から次第に陰湿化、凶悪化となっていったので、とてもいっていられない事態になってしまった。

加えて言ってしまえばドラえもんのマンガの中でも特に後半あたりでいじめの問題がうわべの躾やとんち話に置き換えられてしまって根本的な解決には程遠い事態になったということも挙げたいところ。

さておきそのケンカの流儀、その根幹は先の3D映画でも有名な『さようならドラえもん』の巻で、たとえかなわなくても、最後にぐうの音を出せれば勝てるということで、まずは正々堂々とあたることが大切だろう。

この理屈はひとまずよく分かる。たとえば『とう明人間めぐすり』にてジャイアンに取られた本を取り返すために、とう明人間になろうと道具を借りようとするのび太君に対してドラミちゃんに卑怯だと突っぱねるくだりや、新アニメ版の『さとりヘルメット』にて最後悪運がモノをいったとはいえ、腕ずくで取り返そうとしたくだりがそれにあたる。

その正々堂々さも人が生きていくうえで大切なことだけど、基本的弱い存在ののび太くんがひみつ道具とわずかな知恵でジャイアンたちをギャフンといわせる。つまりはまともにぶつかるのみでは身体がもたないので時にはからめ手も有効だろうというのもやはり融通だとは思うけれど、その辺の堂々さと痛快さのバランスも大切だと率直な意見として述べたいところでもあるけれど。最後期になって件のドラミちゃんのくだりを強調し、結局負けっぱなしになった感もある。

その問題については後の記事に譲ることにして今回はここまでといたしましょう。

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