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モノ社会の宿業~本当のユタカさとは<本当は怖いドラえもん>

さて今回は『モノ社会の宿業』のひとまずのシメとしての本当の意味でのユタカさについて考察したい。まずはこのお話から。
『キャラクター商品注文機』
ある日みんながキャラクターグッズについての話題に持ちきりなところ、のび太くんも中に入ろうと、でまかせに自分も見たことのないモノを持ってると言ってしまう。
家に帰るとママが近所の奥さまとの会話の中で「そういう類いの品は絶対買わない」と話し、ドラえもんに相談してもママの意見に同意するのみであった。
仕方なく自分の小遣いで何とか工面しようとしてもどうにもならず、このままではいじめられると途方にくれている様を、ドラえもんもはかばかしく思いながらも『キャラクター商品注文機』でいくらかのグッズを出してもらい、何とか見返すことができた。
後に何を思ったか、自分のキャラグッズを作って売り込もうとしたが結局全然売れなかったそうな。

さて本題に入る前に、まずキャラクターグッズの話題から述べたい。
そもそもキャラクターグッズというのはひとまず戦後から鑑みても子供のオモチャ程度からはじまり、テレビアニメの普及し始めから徐々にジャンルを広げていった。そして今では、一大マーケットにまで成長したことは述べるまでもないだろう。
さておきそのキャラクターグッズについて、まずママが近所の奥さまとの世間話の形で拒絶したことは、直接ねだってから突っぱねられるよりは、ヤンワリとかつはっきりとした意思を表現したものだろう。
しかしながら毎度ヒネくれた表現で恐縮だけど、これも本当にごリッパなキョーイクホウシンではあるが、結局は家がビンボーだからそんなもの買う余裕がない、といったのが一番の本音だろう。加えて当時まだまだマンガやアニメ自体も風当たりはあまり良い方ではなかったことも述べておきたい。
ともかく、ビンボーというのもつまりはのび太くんのダメの要素の一つとされていたと先の記事で述べてはいるけれど、改めて素直に評すれば「ビンボーの何がワルいのか」といった藤子F先生の訴えかけも今更ながらに頭に思い浮かぶ。
繰り返すけれど昭和30年代は、貧しいけれど明日の豊かさを求めて一生懸命生きていた時代だった。対して今のご時世、バブル経済の崩壊を経たとはいえ、あの時よりもある程度豊かになって、本来のユタカさの有り難みが薄くなってしまったとも言えるだろう。
その意味で見栄を張って見返そうとしても、やはり意味はないという教訓も今となっては素直に受け入れてもいる。
そこで今の生活を省みた上で昔のことに思いをいたし、おカネをかけなくても不自由なく生活が出来れば、その上で本当の心の充足をいかにはかるべきかを、ひとまずはじっくりと考えてもいいかもしれない。

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