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女子カメラブームの巻(コミックス173巻)<懐かし両さんの問題作レビュー?>

今回の腐れ縁レビューは、最新家電特集ということで、それを絡めての両津の悪戦苦闘を描いたお話の数々をお送りしたわけだけれど。
この中で特に述べたいのはこれ。

ある日マリアがデジカメに凝りだし、両津が付き添いでカメラを買って、いざ両津を映すことになるが肝心な顔認識システムが両津に対して働かなかった。
結局両津は白けてしまい、対してマリアはシステムに頼らず両津を映そうとさまざまなテクニックを身に付け、何とかさまになる写真を映すことになった。
それに受けて何故かプロの写真家が両津をモデルにしたいともちかけ、気を良くした両津との撮影にこぎつけたのだが、調子に乗って全裸での撮影で収監されることになったそうな。
今回はデジカメの便利さに対し、カメラの撮影テクニックの大切さを述べたお話ということで。確かに前半のマリアの苦心が後半のカメラマンと両津との撮影会に折れたことはともかく、やはり問題にすべきなのは両津の顔が認識されないことである。
やはり当時顔認識システムに対しての不安が、後述の両津の特異性を絡めて述べられたことだろう。
そもそもの話の進めが両津が“機械におちょくられる”シチュエーションの“ギャグ”といったところでもある。ATM然り、自販機然り、盆栽ソフト然り、AI式テレビ然り、そしてAIスーパーカー然りと。こういったお約束の残滓と受け止めていいだろう。
そんな騒動の末、両津自身冷めてしまったことで、いくらマリアの努力を無視したからといって麗子も“オニ”と称するのも言いすぎとは思うのだが。
でもそもそもが両津を普通の人間扱いを、下手をすれば存在そのものまでも否定されかねないのが大元のベースだろう。確かに人間ドックの巻で生体そのものがハビリス人並と見なされているから。
今や認識システムはもうちょっと進歩しているだろうし、そのシチュエーションは一時的なものとなればいいのだけれど、ねえ。

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