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世の中いじめっこだらけ~やっぱりいじめは悪いことだよ・改訂<本当は怖いドラえもん>

やはりこれもネットで得た情報なのだけど、一目見た一文が胸に突き刺さった感がありどうしてもこれについて掘り下げなければならないと思い以下の論をしたためた。
その文とは「いじめはそんなに悪いことではない」である。
もちろん、今となっては暴言の類になるだろう。しかし作中ではそうそう問題になっていないように感じる。まず考えられるのはジャイアンたちのいじめへの対処である。
繰り返すがジャイアンといえば、まず日頃の鬱憤、ムシャクシャをいじめで晴らし、また自分の手を汚さないようにと、バットなどの凶器を使うなど、これだけ見ればもはや友達だのいじめっ子だのというレベルでは済まされないことだろう。それでも、作中で町内のガキ大将と描かれているのだが、それでもやることなすことは度を越している。
それをあえて意地悪く拡大解釈するならば「(ジャイアンたちにいじめられるのび太くんが)いじめられしごかれることにより人間が鍛えられ、現代社会の荒波をも乗り越えられることだろう」とF先生ならばそう思われただろうと、かつては邪推したものだったけど。確かに80年代のお話から、ジャイアンたちのいじめもしごきや体罰(さもなくばお仕置き)を同等に扱っているきらいもあったし、どんなにひどい意地悪でもまずのび太くんの責任を問うようにもなってしまった。
そもそもドラえもんの初期の時代背景は 昭和3、40年代。その時分を識者に聞いてみれば、そのころの大人たちはほぼ戦中世代で、学校の教育はそれを引きずっての軍隊教育(みたいなもの)が半ば容認されていた。
それは授業にてのしごきや体罰は当たり前で、中には叱られしごかれることはむしろ感謝すべきことであって、さらには殴られてベソをかこうものならさらにタコ殴りという事態もあったそうな。
それでその鬱憤を下の子、ことに中高生あたりは小学生あたりをいじめてはウサを晴らす始末であった。そんな中で同い年程度のいじめなら「いじめられれば最後までやり返せ(夢まくらのおじいさん)」ということで、大抵は対等のケンカで済まされたのだけれど。
それらが大まかな裏の事情としてある程度作中でくすぶってきた。
それが80年代初頭の校内暴力問題を皮切りに、“いじめ”の罪悪が90年代になってようやく問われ始めた。今まで程度の差こそあれ子供は平等である、といった暗黙の了解が崩れたこと(まあこれについては前々からだけど)が主な原因であるだろう。ついでにドラえもんとのび太くんとの関係がだんだんと対等な友達でなくなったのも致命的だった。

付け加えて「ばか」という言葉はそもそも愛嬌から来るものだったけれど、そうそう連発されれば悪意と受け止められるのも当然の帰結だろう。たとえば「バカにする」とか「からかう」行為も悪意がともない際限がなくエスカレートに歯止めがかからなかったが、結局はこれも「愛嬌」でやっているというのが藤子F先生の認識だろうとも読めるけれど。
そんなこんなでドラえもんにおいても、いじめやケンカを「子供のお遊び」レベルでしかとらえなく、いじめそのものの罪悪に気づいた時にはある意味手遅れだったのだ。
そこで遺された我々ファンとしてはそのある意味負の循環をある程度摘み取って次代の子供たちにいじめの少ない社会を説いていくべきではないか。せっかく先年リニューアルしてきたことだし。

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