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忠臣蔵における正義の行方・改訂<本当は怖いドラえもん>

さてみなさん、今回のお話は時節が時節ということでこのお題で。それでは、ごゆっくり。

『チューシン蔵でかたきうち』

ある日、スネ夫の意地悪を受け、周りの大人たちはみんなスネ夫の味方をするので何とか仕返ししたいのび太くん。そこでドラえもんはチューシン蔵という道具で他人の力を使って懲らしめることにする。こうしてジャイアンを使ってスネ夫に仕返しをすることができたのだが、いつも通り調子に乗って他にも仕返ししたい相手を懲らしめようといろいろ使ったが、たまたま外に置いてあった道具をスネ夫に見つけられ、今度はのび太くんが仕返しされることになったそうな。
~これは後の仕返し伝票と同じようなお話なのだが、それに対してこのお話はもともとスネ夫の意地悪から始まったお話で、それを仕返しするといういわば勧善懲悪もののはずだったが、やはりお決まりの自滅オチにとお話の腰が折れてしまったのもまた事実。
やはりこのお話にてこの悪いパターンにはめるのは流石にまずかったな、とも思う。
なぜならこのお話の題材である『忠臣蔵』はある意味日本人の文化として、また年末の時代劇の定番として今でも人気を博している。
しかしながら、この忠臣蔵にても正義の行方を定義するのは相当難しい問題でもある。ことに本来敵役である吉良上野介こと吉良義央公はやはり地元の偉人ということもあってある程度擁護しなければならない立場にあるのだから。

その忠臣蔵のお話を要約すれば(多少脚色あり)、
時は元禄、朝賀返礼の接待役浅野内匠頭が吉良上野介の指南の際に勘気にふれたのか江戸城松の廊下にて刃傷に及び、浅野は即日切腹、お家は取り潰しと相成った。
それに不服とした家老大石蔵之介はじめ赤穂浪士たちは、翌冬吉良の屋敷に討ち入り、上野介の首を討ち取った。
後に浪士たちは切腹と相成ったが、江戸の民衆は彼らを主君の仇を討った義士として『忠臣蔵』の物語として後世に伝えたのだった。
対して結局一番割が合わなかったのは吉良方で、一小大名の勘気から始まり、その家臣の報復を受け討ち取られた義央公をはじめ、幕府の重鎮たる吉良家はその幕府の面子のために断絶させられたのだ、ということで。

そのようなこともあって、社会正義というのも世論や時の権力の意思によって左右されるということでもある。

確かにドラえもんの世界で正義云々を語るのはある程度マズいかもしれないし、ましてや教訓やギャグの兼ね合いからものの道理までもはぐらかしたりしてはやはりいただけないことだろう。

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